高砂市で肩こり・腰痛・頭痛の根本改善を目指すなら「ごうだ整骨院」にお任せ下さい!

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院長紹介

院長:合田芳樹

プロフィール

名前

合田芳樹(ごうだよしき)

生年月日

1981年10月13日

 

資格

柔道整復師(国家資格)
DRTエグゼクティブ
(日本DRT協会認定院)
山内式瞬間ファシアセラピスト
骨盤軸整体(産後の骨盤矯正)
弁護士法人 心 交通事故マスター
小学校教諭第一種免許
機能訓練指導員

 

免許証・認定証

出身

加古川市

血液型

O型

趣味

息子(10歳と8歳)と遊ぶ。公園に行ったり、山登りに行ったり。

2人ともサッカーを習い始めたので、休日は子どものサッカーの試合か一緒に練習しています。

 

メディア掲載実績

DRTテレビ
メディア実績
DRT書籍

勉強会を行っています

施術家向けの勉強会を当院にて行っています。
岐阜・大阪・兵庫県など各地からご参加いただきました。

一般の方向けにも勉強会を行っております。
「家族にDRTをしてあげたい」と主婦や会社員の方にご参加いただきました。

今後もご要望があれば施術家・一般の方向けの勉強会を行っていく予定です。
興味がある方はお気軽にお問い合わせください。

 

経歴

子どもの頃からサッカーひと筋。
中学生の時には全国大会ベスト4の成績をおさめる。

大学卒業後、小学校の教員をしながら、小学生・中学生のサッカーのコーチとして勤める。
その後教員を辞め、サッカーの指導に専念。コーチとしても全国大会を経験。
教え子にはJリーガーや海外で活躍している選手も。

30歳を前に柔道整復師の道をめざし専門学校へ。

大阪や地元の整骨院で経験を積み、2014年に高砂市にごうだ整骨院を開院。

なせ治療家を目指したのか?

小学6年生で、すでに腰痛持ち

 

実は私自身、子どもの頃からずっと身体の不調に悩んできました。

最初に腰の痛みを感じたのは小学6年生の頃です。

子どもの頃は姿勢も悪く地べたに座って過ごすことも多く、小学生なのにすでに腰痛持ちでした。

今でも覚えているのが学校の全校集会の時。

後ろから友達に腰を押された瞬間、腰にものすごい痛みが走ってその場で泣いてしまったことがあります。

そんなこともあったり小学生のころから腰に痛みや違和感を感じながら過ごしていました。

それでも小学生からサッカーを始めて、中学、高校と続けていました。

サッカーや日常生活に大きな支障が出るほどではありませんでしたが、いつもどこかに腰の違和感がありました。

特に覚えているのが、高校に入学する前の春休みです。

高校でもサッカーを続けるつもりだったので、

「できるだけいい状態で高校のサッカーを始めたい」

と思い、春休みは毎日のように整形外科へ通いました。

腰を牽引してもらったり、電気を当ててもらったり、湿布を貼ったり。

少しでもいい状態でサッカーができるようにと治療を受けていました。

腰痛とうまく付き合いながらサッカーを続ける。

そんな学生時代でした。

 

大人になっても続いた体の不調

 

学生時代から続けていたサッカーは、20代になると子どもたちにサッカーを教えるコーチとして仕事になりました。

グラウンドで指導するだけでなく、子どもたちの送迎でバスを運転することもあり毎日サッカーに関わりながら生活していました。

しかし身体の悩みは腰痛だけではなくなっていきました。

肩こりがひどくなり、頭痛も頻繁に出るようになりました。

頭が痛くなればバファリンなどの鎮痛薬を飲み、肩が凝ればマッサージを受ける。

そして20代では、3回ぎっくり腰にもなりました。

そのたびに整骨院や鍼灸院へ行き、鍼をしてもらったり、いろんな施術に助けてもらいました。

さらに20代後半になると、常に足にしびれを感じるようになり、夜もしびれが気になって眠れないこともありました。

このしびれとは、その後10年近く付き合うことになります。

「どうにかこの身体を楽にしたい」

そう思って、いろんな治療院にも行きました。

マッサージ、鍼、電気、お灸、湿布、痛み止め、身体をバキバキするような施術……。

今まで受けたものを全部合わせれば、何十軒になるかわかりません。

施術を受ければ、その時は楽になる。

だから何度も助けてもらいました。

でも自分の中では、どこかに痛みやしびれが残っている。

それが長く続くうちに、

「自分の身体はこういうものなんやろな」

と、いつの間にか慣れてしまっている自分もいました。

 

28歳、治療家を目指す

 

そんな私が治療家の世界に入ったのは28歳の時でした。

直接のきっかけは知り合いから声をかけてもらったことです。

それまで自分が治療家になるなんて考えたこともありませんでした。

しかし私自身、小学生の頃から腰痛があり、20代では肩こりや頭痛、ぎっくり腰、足のしびれなど、いろんな身体の不調を経験してきました。

そして身体がつらい時には、整骨院や鍼灸院などで施術をしてもらい、何度も楽にしてもらいました。

だから声をかけてもらった時、

「今度は自分が、痛みで困っている人を良くする側に回りたい」

そう思いました。

自分自身がずっと痛みに困ってきたからこそ、痛い人の気持ちもわかる。

自分が助けてもらったように、今度は自分が誰かを助けたい。

そんな思いからサッカーコーチを辞め、28歳で柔道整復師を目指しました。

治療家の世界に入ってからは、大阪で一人暮らしを始めました。

朝7時30分には福島区にある整骨院へ出勤し、17時まで仕事。

そこから新大阪へ移動して、18時から21時まで専門学校で勉強。

翌朝になれば、また整骨院へ向かう。

勤務していた整骨院は日曜・祝日も診療していたため、ほとんど休みのない生活を3年間続けました。

大変ではありましたが、この3年間で本当に多くのことを学ばせてもらいました。

働いていた整骨院には、柔道整復師だけでなく、鍼灸、カイロプラクティック、オステオパシーなど、それぞれ違った技術や考え方を持った先生たちがいました。

また、多い日には1日100人近くの患者さんが来院する整骨院だったので、本当にいろんな身体の悩みを抱えた方と接することができました。

たくさんの患者さんを見て、いろんな先生から学ぶ中で、

「身体を見る」といっても、考え方もアプローチの仕方も一つではない。

ということも知りました。

専門学校での勉強だけでは得られない、たくさんの経験をさせてもらった3年間。

この大阪での経験が、治療家としての自分の土台になっています。

 

馴染みのある高砂で開業

 

3年間の専門学校を終えて国家資格を取得した後、大阪から地元へ戻ってきました。

そこから地元の整骨院で1年半勤務し、さらに現場での経験を積みました。

そして、開業する場所に選んだのが高砂でした。

私自身は加古川出身ですが、実家は高砂との市境に近く、子どもの頃から高砂にはよく遊びに来ていました。

高砂の友達も多く、学生時代にはイオン高砂でアルバイトをしていたこともあります。

なので僕にとって高砂は、子どもの頃からずっと身近にあった、地元のような馴染みのある場所です。

そんな高砂で、「ごうだ整骨院」を開業しました。

開業してから、患者さんが良くなって喜んでくださることもたくさんありました。

でも一方で、いろんな施術をしても、なかなか思うような結果が出ない方もいました。

そして、治療家になった自分自身にも、まだ腰痛と足のしびれが残っていました。

開業して5年ほど経った頃、

「もっと患者さんを良くできる方法はないだろうか」

「もっと何かできることがあるんじゃないか」

そんなことを考えながら、自分の施術について悩んでいた時期でもありました。

 

DRTとの出会い

 

そんな時、たまたま知人の整骨院のホームページを見ていると、

「多くの方は背骨が固くなっている」

「背骨をゆらして柔らかくしていく」

というようなことが書いてありました。

それがDRTとの出会いでした。

最初は、

「背骨が固くなる?」

「ゆらすだけで何が変わるんやろ?」

と、正直「???」という感じでした。

でも気になったので、とりあえず話を聞いてみようと、その知人の整骨院へ行きました。

話を聞きながら、実際に施術も受けました。

背骨をやさしくゆらすだけ。

その時の正直な感想は、

「こんなので良くなるのかなぁ」

でした。

でも、何度か施術を受けているうちに、ある時ふと気づきました。

「あれ? しびれがない」

そして、ずっと付き合ってきた腰痛も気にならなくなっていました。

その時に初めて、

「マシになってるんじゃない。治ってる」

そんな感覚がありました。

何十年も腰痛があることが普通で、10年近くしびれがあることにも慣れていた自分にとって、この経験は衝撃でした。

「これだ。もっとちゃんと学びたい」

そう思い、DRTを本格的に学び始めました。

そこからは、毎月のように大阪や東京へ足を運び、DRTのセミナーや勉強会に参加しました。

技術を身につけることはもちろん、

「なぜ背骨を見るのか」

「なぜ痛いところだけを施術しないのか」

「身体が良くなっていくとはどういうことなのか」

学べば学ぶほど、それまで自分が持っていた身体に対する考え方そのものが変わっていきました。

 

痛いところから、身体全体を見る施術へ

 

開業当初の私は、

腰が痛ければ腰。

肩が凝れば肩。

痛いところがあれば、そこをしっかりマッサージする。

そんな施術が中心でした。

自分自身も、小学生の頃からずっと同じでした。

腰が痛ければ腰を治療してもらう。

肩が凝れば揉んでもらう。

頭が痛ければ薬を飲む。

でもDRTを学んでいく中で、

身体全体を見て、その土台となる背骨を整えていく。

という考え方に変わっていきました。

そして今、自分の子どもの頃を振り返ると、姿勢が悪く、地べたに座ることも多かった。

「あの頃の姿勢や身体の使い方も、長年の腰痛に大きく関係していたんだろうな」

と感じています。

痛いところや症状ももちろん確認します。

しかし、そこだけを追いかけるのではない。

背骨を整え、姿勢や普段の生活習慣も見直しながら、その人が本来持っている自然治癒力・回復力がしっかり働ける身体をつくっていく。

今では、強く揉んだりバキバキしたりする施術ではなく、背骨をやさしくゆらして整える、とてもソフトな施術が中心になりました。

これが今の私の施術の土台になっています。

 

寝れば回復する絶好調な体へ

 

私が今目指しているのは、

「寝れば回復できる身体」です。

仕事や家事、育児、スポーツ。

毎日生活していれば、疲れることもあります。

頑張りすぎたり、少しくらい無理をする日だってあります。

大切なのは、まったく疲れないことではありません。

疲れても、しっかり休んで寝れば、また元気になれる。

そんな、自分自身の回復力がしっかり働く身体です。

そのために当院では、痛いところだけを見るのではなく、身体全体を見ながら背骨を整えています。

そして施術だけではなく、姿勢・休息・水分など、普段の生活習慣も大切にしています。

身体が本来持っている自然治癒力・回復力がしっかり働くようになれば、

患者さん自身が、

「最近、そういえば前ほど身体のことを気にしてないな」

「疲れても寝たら戻るようになってきたな」

そんな変化を感じられるようになる。

それが、ごうだ整骨院が目指している

「寝れば回復する絶好調な体へ」

という考え方です。

小学6年生から腰痛があり、20代ではぎっくり腰を繰り返し、肩こりや頭痛、10年近く続くしびれにも悩みました。

そんな僕が28歳で、

「自分が助けてもらったように、今度は自分が痛みで困っている人の力になりたい」

と思い治療家になりました。

そして治療家になってからも、思うようにいかず悩んだ時期がありました。

DRTと出会い、自分自身の身体が変わったことで、施術も身体に対する考え方も大きく変わりました。

しかし、「困っている人の力になりたい」という最初の思いだけは、今も変わっていません。

現在も定期的に大阪や東京などの勉強会・セミナーへ参加し、自分自身も施術を受けながら、身体のこと、施術のことを学び続けています。

身体の痛みや不調を気にして、

やりたいことを諦めてほしくない。

仕事も、家事も、育児も、趣味も、

やりたいことを思いきりできる身体でいてほしい。

そして一日の終わりにはしっかり休んで、

寝たらまた明日、元気に動ける。

そんな毎日を送れる人を、一人でも増やしたい。

私自身がこれまでたくさんの人に助けてもらったように、

今度は僕が、目の前の患者さんの力になる。

そのためにこれからも学び続け、一人ひとりの身体と向き合っていきたいと思っています。

 

 

推薦者の声

上原先生からの推薦

私はDRTを開発した上原 宏と申します。

合田芳樹先生は、DRT治療革命オンライン主義塾のメンバー限定で開催される手技セミナーや補講を年間を通して受講され、優秀な成績を収められました。

合田先生はDRT創始者の私が直接指導させて頂き自信を持って皆様に推薦できる優れたDRTテクニックを持っていると認定した先生です。

合田先生は、先生のお住いの地区でDRTセミナーを開催する権利も取得しております。

それだけ優れた、DRTを御使いの先生だと自信を持って推薦いたします。

初回限定4980円

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